第26回鹿島ガタリンピックは平成22年5月23日(日)に開催されました。
鹿島ガタリンピックは、市内のむらおこしグループ『フォーラム鹿島』が主催する日本一干満の差が大きい広大な有明海の干潟を利用した、干潟の上で行う運動会がガタリンピック・ゲームです。
昭和59年、佐賀県の総合計画が発表され、私たちの愛するふるさと『鹿島』には‘新幹線も高速道も通らない’事が明らかになりました。 時の青年会議所理事長 桑原允彦(現鹿島市長)は、市内の若者達に呼びかけ、むらおこしグループ『フォーラム鹿島』を結成しました。 そして昭和60年5月3日、第1回鹿島ガタリンピックが開催されました。
今まで、誰もが見向きもしなかった干潟を「負」の財産から、地域の貴重な財産へと活用しました(逆転の発想)。 そして、この干潟は日本でも珍しく、また、『鹿島』という地域の個性を表すことができたのです。
[出典 鹿島ガタリンピック公式ホームページより]
鹿島ガタリンピックの開催日は『毎年○月○日』と固定して決められないのが残念…。なぜなら潮加減に左右されるため、午前10時から大会を始めるとして、その時刻に干潟が完全に姿を現していなければならないのです。例年5月の休日に行われますが、休日と午前10時の引き潮が一致する日はそう多くはなく、結果、鹿島ガタリンピックの開催日は固定されないのです。
『フォーラム鹿島』では、未だに根強く残る地域間のきわ、異業種間のきわ、それに官と民のきわといったカベを取り除くことから始めようと申し合わせ、〈ふるさと鹿島〉を愛し、鹿島の21世紀の輝かしい未来を願って三つのテーマを設けました。
1.郷土愛 郷土への愛着心と先人への感謝の気持ちを育む
2.人財育成 人は財産であり、人と人が新しい何かを切り拓いていく
3.活力・持続 「継続は力なり」を背景として、基本に忠実に一歩一歩目標に向かって前進する
ふるさと、人のつながり、活力ーこの集大成として企画されたのがガタリンピックでした。こうして、昭和60年5月3日第1回目の鹿島ガタリンピックがフォーラム鹿島のメンバーによって開催されました。
有明海の干潟はいわゆる泥干潟であり、見た目にもあまりきれいなものではないし、海はいつも濁っているし、白砂青松というイメージからはかなりかけはなれたいわば厄介者として考えられてきました。 しかし、沿岸住民にとって、有明海こそは恵みの海であり、いのちの海でもあるのです。フォーラム鹿島のメンバーは、マイナスイメージをプラスイメージに変えることに取り組みました。奇想天外な干潟の上での運動会を通じてのガタの売り込みです。いっそのことならガタの上でオリンピックを、ということでガタリンピックと命名されました。また、オリンピックならば国際性を、ということで日本在住の多くの外国人や韓国からも来てもらって年々華やかに盛大になっていき今年は第24回目を迎えました。日本中に地域おこしのイベントは数ある中で、ガタリンピックは発想の転換と独創性で高い評価を受け、有名になっていきました。
人間むつごろう25m競争
有明海名物潟スキーを操りながら、干潟の上を滑走してゴールを目指すタイムレース。初回から続く伝統競技。
ガターザン
高いクレーンから垂らしてあるロープにぶら下がって出来るだけ遠くへ飛んでガタの中へドボン。飛距離16mオーバーをねらえ!!
潟輪ビックリゲーム
ガタ泥の上に敷いてある幅60cmの板の上を自転車で25m走るタイムレース。意地悪なことに自転車にはブレーキがない。
25m自由潟
ガタ泥の中を25m泳ぐタイムレース。
フィナーレを飾るにふさわしい泥(潟)まみれの競技。
女潟相撲
ガタ泥の上に設けられた発砲スチロールの土俵で、どちらかがガタの中に落ちるまで争う。
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